幼稚園の頃は花屋さんだっやか忘れてしまった。小学生の文集にはイラストレーターと書いた。高校の頃は、中学の先生。そして大学に頃、将来の事がどうでもとくなって、気が付いたら世間は就職活動真っ盛りで、そんな姿を横目で見ていた。どうせ就職しても満員電車に乗って休みも無くてしんどいし、それより自由に生きたい。なんて考えて、せっかく取りかけていた教職も放棄した。いまから考えるとおろかだった。もし、きちんと取っておけば今ごろは?などどうにもならないことを考える。まあ今、講師をしているから少しは昔の希望にかすっている・・・。ただし、中学の先生には今は絶対なりたくない。中学生は扱いづらい。はっきりいって苦手だ。
私の中での汚点の時代は出会の提供という名のもとにもてない人種から金を取るというお見合い産業に携わっていた時代。あの頃関わった仕事関係の人はみんなどうしようもない奴らで、その色に染まると駄目人間になると思う。
世の中にお見合いパーティなるものがあるがあれはこの世の中で最もくだらない救いの無いイベント行事だとここに断言する。
気が付いたらもう27歳でこの4年余りのさまよっていた時間と若さがこの手に戻ってこない事を残念に思う。
唯一幸せだったのは、今の恋人に出会えた事だ。あとは私の、働き始めての唯一の親友Sさんに出会った事もそうかな。彼女は自称貧乏で、貧乏が板に付いている。3年前に短期のクリスマスのバイトで出会って、何故か同じ空気を感じ息投合した。彼女は彼氏が出来てもすぐ別れ、仕事もすぐやめるタイプで、ずっと定職に就いていない。ただ子供が好きだから子供に関わる仕事がしたくて必死に今探している。何とかしてあげたいが、日々の生活に追われる彼女に資格を取れだの、就職活動をしろだの言えない。でも同い年の彼女には何とか天職を得て今より少しはリッチにいいものを食べて、潤いのある生活をしてもらいたい。凄く偉そうな言い方になってしまっているが、そんなにお互い若くはないんだから。
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